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ルノーとマクロンと日産とゴーンと西川社長

何にせよ悪い事は悪いのであって、
悪ければ罰がある。そういう話。

ゴーン

ゴーンが調子に乗っちゃったのは、やはりルノーのトップに立ってかららしい。それまでのV字回復の辣腕から慢心へ遷移し、理性の鈍磨が加速した。

田中角栄って人は評価されて然るべきだが、やはりロッキード事件で大きなお味噌がついちゃった。

マクロン

フランスの自動車産業を世界に羽ばたかせたくて必死なのがマクロン大統領。この流れを見るにつけ、ルノーのトップにゴーンを持ってきた所で、既に、懐柔が進み、日産を裏切る方向へと状況は転じていたのかな?
日産は、ルノーの株を買い増しして、ルノーの方が売上が低いのに、親会社っぽくなってる不釣り合いな関係を是正したかった。それを長らく頑張ってきたのが西川社長だ。それをゴーンは止めた。ふむふむ。もはやこの時点でフランス寄り。マクロンからも色々貰っているのかな?と思われて仕方なし。

日産

で、日産は、お家の恥をさらしてまでトップを解任したかった。のか?

それとも、クーデター? それとも?

色々勘ぐるには楽しい酒の肴だけど、実際はどうだろう。僕はやっぱり、瀕死の会社を救ってくれた有り難い要素は沢山あるけど、とはいえ、いつまでも権力持ち続けるのは困るんだけど、ということで、内部告発に至ったと思う。

そして、それをGOしたのはやはり西川社長だろうし、西川としては、「日産がルノーの子会社にされそうな勢いをなんとか止めたい」というのがあるから、利用した。

てな具合ではなかろうか。それにしても、日産も会社として罪に問われる可能性もあるので、肉を切らせて骨を断つ、という捨て身のやり方だ。

西川

で、西川社長について。即座に日本人の代表取締役を入れようとする動きがそつなくて素敵。自分だけになってしまうと「今度は自分に権力が集中してしまう」ので、即時補充(言った手前とはいえ早くて素敵)。

これは、「もうここまで持ち直したので、あとは自分たちで出来まーす!」って事なのか。そうだろう。

スカイライン

やはり日産は車を作って欲しい。新車の開発をして欲しい。世界で売上をどうこうというのもまぁ、企業としてはそれなりの結果だけど、ゴーンになってからまるで新車を出してない。コストカットしただけなのか?とも訝しまれる。

スカイラン。ブルーバード。日産には素敵な車が沢山あった。今はそういう「憧れる」車はない。まるでない。ハイブリッドもヒドイらしい。

ゴーンは車が大好きだったのではないのか? 大好きだった筈だ。なのに? え?

好きな人が作るモノを味わいたい

好きな人が作るものがいい。

何でもそうだ。

今、僕は芝居の本番中だけど、色々あるけど、芝居を好きな人に囲まれているとそれだけで信じられる。共通言語があるだけで、すれ違う部分はセンスによる部分に限定される。これはとても助かるし、幸せを感じられる事。

今、僕はラジオ番組のレギュラーも持っているけど、ラジオを好きな人に囲まれている番組はそれだけで幸せだ。だが、そうでない環境は不幸だ。勿論、会社員からしてみたら、番組の内容よりも、会社の運営をちゃんと考えられる人が便利だろうし、使い勝手もいい。しかし、単純に「聞く側」に立つと、その番組「面白いですか?」というのは残念だよね。

ゴーンは常に現場主義だった。現場の声を聞きまくって、会社の膿を出し、健全な環境を強引に作った。勿論、2万人のリストラを含め、散々叩かれてた。記憶にある。しかし。だ。V字回復は見事と言うほかない。

作っている人の話に耳を傾けて、直していった。現場軽視は糞会社の専売特許。芝居が現場軽視になることはない。なぜなら、そういう芝居作りではないからだ。僕の場合ね。儲ける事しか考えないとなれば、客寄せパンダのアイドルだとか声優とかを呼んで芝居に出て貰えばいいだけの事。話題を作りたければミュージシャンに劇伴作って貰ったり、テーマ曲を作って貰ったりすりゃあいい。勿論して貰える関係を構築するところから始めなきゃいけないけど、とりあえず、金出せば、ミーハーな人が喜びそうな辺りから誰かは引っ張ってこれそうじゃありませぬか。そういう所でいうと、「劇団員はキャスティングする意味がありません」なんて事になっちゃうわけで、バンドもデビューする時に、「あのドラムは下手なんで」とクビにされるメンバーが出てくるような具合と同じ。それは僕の現場はない。あ、雇われ演出とかだと別だけどね。現場重視。

だが、やはりラジオの現場は局によっては現場はどうでもいいと思われてる雰囲気が漂う局も多い。「こういう番組を作れ」と言われる事もなければ、うちはこういう局だから、と方向性を示される事もない。そうやって考えるとノホホンQRとかトラフィックインフォメーションJ-WAVEとかは明確だ。媒体価値の上であぐらをかいていたとしたら、反省するだけでは遅い。出入り業者は意見交換も出来ず、迷走し始めたとしてもその指示通りに進む以外に道はない。そうならなければいいな。と思うと同時に、そうなった時に自分はどうするの?なんて思ったり。

葛藤すること

自分の中で葛藤する事。それは、自分の名前がついてる番組だとやはり自分はヘタなことが出来ない。名前でとるし。しかし、制作会社のスタッフは番組内容はどーでもいい。そこそこ実績があるスタッフは、仕事が繋がればいいだけだから、ガンバる必要がないのね。自分は自分の番組なので必死にやりたいが、スタッフからしてみると、必死にやる必要がないので、温度差がハンパなく(汗)。面倒臭い番組にカテゴライズされておしまい。

一度、進言した事がある。

つまらない番組を作ったスタッフを都度クビにしたらどうですか?

と。パーソナリティは一度スベルと即時お別れ。だが、スタッフは仕事は連綿と続く。それに甘えて「頑張らない」スタッフはとても多い。地方局だと、番組終わった同じ枠の次の番組も同じスタッフが作ってる。つまり、番組愛を持たなくていいってことらしい。パーソナリティを愛するという仕事は必要ない、とな。

勿論その進言は聞き入れて貰えなかったけどね。飲んだ席で吠えただけ。

で。僕の葛藤の内容は。そんなスタッフの事を解っているから、それほど頑張らなくていいよ、と思えてしまう自分がいる。だって相手の立場になれば、必死になる必要がないんだもの。そんななか、やってくれるスタッフが時折いて、そういう人は無条件に信じられる。誰もそこまでガンバって面白いものにしてくれとは言ってないのに、面白いものにしようという気持ちに満ちるスタッフがいる。その為に寝る時間が減ろうとも、だ。これはありがたい。

葛藤するのは、そういう人を有り難いと思う部分と、頑張る必要がない人たちが頑張ってくれた場合「悪いなぁ」と思う自分の混在。

何故葛藤するのか

では、どうして自分はそのことで葛藤するのだろう? やはり芝居と違ってラジオ番組は主体は局だからね。出演者は中心に置かれるけど、それでもやはり、その「番組」は放送局のものだから、「いやあ、あなたがたがそれで良いのならばそれでいいのではないでしょうか?」てな具合。だから葛藤。というより、運命として、その環境で首尾良く進まない自分の末路も甘んじて受け入れる性質。悪あがきしない、(あまりいい方ではない)潔さ。かなぁ。

おやすみ

明日はマチネ、ソワレがあるので、良かったら大塚レ・サマースタジオに芝居観に来て下さい。アトリエで70分の短い作品。なのに色々ある。是非観てね。当日券もあります。13時と19時ね。「小さな声のおともだち」

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作成者: 宮川賢

何しろ、インプットを多くしないとアウトプットばかりだと枯渇しちゃうし、ヤバいのでまずは読書を。そのためにソロキャンプや旅行や仕事も頑張らないとなりません。なーむー。