shinto shrine in blue lake in japan

パラリンピックが始まります。ということはオリンピックは終わります。色々あった東京五輪。これにて終了。閉会式。閉会式の演出は誰が? などはもはやどうでも良いですな。興味もない。

沢山のメダルで大盛り上がりのオリンピックでしたが、ふと落ち着いて考えてみなければならないことがいくつかあります。コロナ禍でやって良かったのか?等のシンプルな話ではなく。

色々な事を教わった五輪でしたな。

(どうだった?)
東京五輪が教えてくれた事

今回の東京五輪は、前回とは大きく異なる環境でした。それにより、日本という国のあり方や置かれている立場、これからすべきことなどが、ハッキリ露呈したようなそんな東京五輪2020だったね。

(1)復興五輪

まず、復興五輪というのは、言い方として正しいのかどうか。そもそも、戦後の復興のシンボルとして、1964年の東京五輪があり、今回はfukushimaからの復興のシンボルとなった。というかされちまった。

そう。あの未曾有の大災害が東京五輪に利用された感じも多少ある。それが嫌な印象ね。勿論、世界中が「放射能大丈夫なの?」とか「fukushimaが大変なのにそんなことやってる場合じゃないんじゃない?」とか危惧されているだろうから、そうして銘打つ事で安心させるのは悪い事ではない。ただ当事者の身になると「利用されてるなぁ(福島県民の声)」という声も聞いたしね。

これで学んだことその1
どんなものでも利用しちゃう国だってことね。

(2)文化度が極めて低い

オリンピッグでお馴染み、www佐々木宏www万死に値する

また、エンタメ業界で商売をしてきた僕は今更の話ではあるけれど、そもそも、文化を育てようとする姿勢は猛烈に低いのが我が国日本だよね。文化支援も、国がやることはない。企業のイメージアップの為に、クラシックホールがあったり、美術館があったり、劇場があったりする程度で、国が自治体がやるってのはほとんどないに等しい。

援助もあるけれど助成は「良さそう」なモノにのみなされ、その「良さそうなもの」を狙う助成乞食にかすめ取られ続けている。例えば、時代劇や戦争もの、拉致問題などを扱うと助成が降りやすいけれど、とか、そういうことね。

そんな国だから、今回の五輪のエンタメ要素についても、丸投げでね。とはいえ、ちゃんとした職人(MIKIKOさんたち)もいるのに、やって貰える事になったのに、佐々木宏というバカタレが渋谷系を揃えてしまい(汗)、それぞれが色々厄介な事に。小山田圭吾問題。小林賢太郎問題ね。

たけしさんも金返せって怒ってたね。そうやって

よくわからないから、その佐々木って人に任せておけば良いんじゃないの?よろしく頼むよ。

って事だから、つまり、造詣が深いとは言えない文化度だから、そうやって佐々木に犯されるワケだな。

ここで学んだ事その2
国を司る側の文化度上げろよ。ってことだね。地方自治体も、税金が余ったり復興予算貰ったりして、その使い道を考える時に「県民」や「市民」「村民」に平等にそのお金を使うとなると、市民ホールを作る事とかに落ち着きがち。だが、問題は、そのホールに誰を招致して、どう盛り上げていくか、という運営の持続であって、「それを作る事」ではない。立ち枯れ劇場ばっかが日本にあるのはこの文化度の低さが上げられる。いつまでたっても建設会社だけが永遠に儲かり続ける仕組みね。

(3)電通丸投げよくないよ

よくわかんないことは、電通に丸投げしておけばなんとかなるんじゃね? って安易な発想はもう辞めよう。もっとちゃんとしっかりした、クリエイターを「見極める」力を持たないと。

盗作ロゴ(佐野研二郎←万死に値する)
クリエイターの皮を被った錬金術師でしかないからwww

だが、ホンモノのクリエイターは、そんな文化度の低い政府が「見つけやすい」所にはいないからね。目につくあたりをチョロチョロしてるのは電通とかだから、そいつらに頼むとなると、どうしても、

クリエイターじゃなくて、錬金術師が飛び出してくる

からね。僕が広告代理店のクリエイター(と呼ばれている人)が嫌いなのは、

儲けているいろんな企業が、税金払うよりは宣伝費で投資した方が、ってことで使っているお金を使って「遊んでいる」ように見える事がとても多い所ね。

ここで学んだ事その3
とりあえず、電通とかに丸投げしておけば良いよね! を改善すべき。

(4)ジェンダーにおいて致命的

これは言わずもがなで。森喜朗発言に端を発し、五輪だから「世界的に叩いて貰えた」けれど、そんなクソな男社会でしかない、先進国として猛烈に恥ずかしい事実が世界的にさらけ出された。

つまり、「マジやべー」って事にようやく気づけたってのは、ある意味良かったとも思うよ。マジクソだから。

ここで学んだ事その4
男女平等が名ばかりであることに気づいて徹底して直していこうと、これまた国のトップこそがもっともっと考えて推し進めていくべきだね!

(5)哲学がない

これが一番厄介だと思うのだけれど、日本という国を運転しているドライバーは、IOCに対しても、ファイザーに対しても、竹島を勝手に自分のものにしようとしている国に対しても、ウイグル弾圧に口出すなよと言ってる国に対しても、ひいてはコロナで汲々としている自国民に対してさえも、医療現場に対しても、分科会に対しても、「強いビジョン」を明確に見せることはなかったよね。これからもないだろう。

確かに五輪は石原慎太郎の段階で話が出て、コロナがなければ良い話だった。のだと思う。fukushimaが利用されなければね。

つまり、「俺(私)が言い出したワケじゃないし」ってのは解らないでもない。しかし、やることになっているものを受け継いだ首長は、それの意義を再定義して、この五輪を通じて「こういう国にしたい」であったり「この五輪を通じて、世界にこういう日本をアピールしたい」という具体的な狙いがないままに、なんとなく開催した。

それは、この例に近い。

山梨の放送局で番組を担当した時の話。

「この番組は誰にむけて、どういう目的でスタートさせるのですか? 僕がやるってことは、前番組のどういう反省点を改善させたいのですか?」

と聞いた所で何も答えて貰えなかったことがあった。上司が出てきても、その上司が出てきても。挙げ句呆れた僕は「では、せめて、ターゲットがどういう層であるかだけでも決めて下さい」と懇願したら

「県民です」

と言われるというまるでコントのようなオチがついた事があったけれど、これと何も変わっていない。この件を笑っている場合ではない。そういう国なのだよ。

ここで学んだ事その5
ビジョンがまるでない国であった事が発覚。なぁんとなく、流れに身を任せてきただけで首尾良く事が進んできたこれまでと違って、相手の出方を見てなんとなく立ち居振る舞いを変えているだけの国の取り回しでは、いよいよ立ちゆかなくなってきた事に理解が及ぶべき。

(ではこうしよう)
自立するってことよね

そう。まず、現在の日本は、第二次世界大戦で負けてドイヒーな目に遭って、それから立ち直る作業から始まった。戦後の復興ね。それが戦争大好きなアメリカのイケイケムードでの朝鮮特需により復興が急加速。

つまり、戦争の存在が日本を急速に先進国に押し上げたと言っても良い。因果だね。憲法九条はGHQに押しつけられた事が定説となっているようだが、救国のトリックとして、自らがそうさせたという説もある。

時の総理幣原喜重郎と吉田茂が「象徴天皇制」と九条をセットにしてマッカーサーに飲ませた名策略。

それにより、日本は、朝鮮戦争やベトナム戦争に兵士を派遣しないで済んだ。日本国民を守ったんだな。吉田茂の言葉としてよく用いられるのは「アメリカに番兵を頼んだと思えばいい」というヤツだ。

その復興を急ピッチに進める為のものだった九条なので、僕はそれほどこだわる必要もないと思っている。でも、原発事故が起きると「原発は悪だ!」となるように、原爆が落とされて酷い目に遭うと「戦争は悪だ!」となり。その後「九条は守るべきだ!」となる。それも解らないでもない。

でもね。この五輪が教えてくれたことを改めて考えてみようよ。

戦争に負けた。マッカーサーが色々言ってる。九条を作って、国民を戦禍に引っ張り出さずにすませ、血みどろの諍いを対岸の火事としてやり過ごし、その間に、ちゃっかり復興する。立場が弱いながらも相手の思惑を利用して美味いことタチ振る舞う事で、なんとかここまでこれた。

そして、そのまま合理的、場当たり的に、相手国の出方を見て、こちらの出方を考えるように、それでいて(それこそ九条が理由かもしれないが)、北方領土や竹島についても、何についても、よほどのことがないと(北朝鮮工作船沈没みたいな)事を荒立てない、外交で強気なハチャメチャな事を言われようとも、「金持ち喧嘩せず」でやり過ごしてきた。

その「ギャーギャー言ってる国」に対して一休さんよろしく「慌てない慌てない」という姿勢とそれでいて「そこは譲らないよ」というのはある程度ちゃんとしてるムキも見え隠れするので、それで良い、ようにも思えてきた。けれど、これからはそうでもないのだよね。ってことに気づきたい。

まずアメリカのパワーがフニャチンで、その腰巾着のような立場を利用してひょうひょうと美味しい所を掠い続けてきた日本は、中国の急成長や韓国の台頭により、アジアで「今までよくも~」と目の敵にされてる。

つまり、日米同盟というカードがオールマイティじゃなくなってるんだな。てことは、言ってみれば、アメリカを利用して、という考え方も、もはや再考せざるを得ない。

それが意味するのは「なんとなくやりあってる間で美味しいとこ取り」する事に無理が生じていることに、いよいよ気づくべきってことね。つまり、自立しなきゃいけないし、他国をあてにしないでいい立場を築く努力をしないとねって。

エネルギー問題ね。化石燃料うんこだけど、ないと今はダメ。でもCO2問題も急務だしねぇ。

自分の事だけ考えて、難民なんか受け入れるもんか!って感じできたから、それによる安全は担保されていたけれど、それによる入管のヒドイ問題が沢山あらわになって、これまた「それってヤバイんじゃない?」ってことになって、今回の五輪での「亡命希望選手」を「どうぞどうぞ!」と追従笑いで受け入れ体制。

中国のウイグル弾圧、ミャンマーの激変に次ぐ激変。それらに意図を以て向き合う国としての「意思」や「正義感」が見えないのが一番ヤバイよね。

そんなことが見えた五輪だったね。

1964と2020

1964年の東京五輪は、僕は1歳。記憶にはない。でもその後把握して、それを喜んでいる国民の姿を何度も新聞などで見た。親も感慨深げだった。

でも、その時は「戦争から立ち上がって」ここまできた! と。五輪を開催出来る国になったのだ! と敗戦国としての負け犬根性から「勝ち組」になんとなく回れたことを喜べる段階だった。

だが、今回の2020は、先進国だから、「五輪が開催出来て当たり前」の国であり、「どれだけ個性的にチャンと出来るのか」が問われた。

勿論コロナと重なる不運もある。

けれど、それらが合わさって、リーダーシップの欠如や哲学のなさ、いってみれば「テキトー」な「漫然運営」を平気でできちゃうアホンダラを世界に晒す事となった。それが現実ね。

これを

いやあ、コロナに対する対応、IOCとの交渉、国民感情の管理、分科会との折り合い、宣言出す出さない問題、有観客無観客? ボランティアへの態度、亡命希望者への対応、入管問題、いろいろあったけれど、なんだかんだ、無事に終わって良かったね! ……とか思ってるとしたら、お先真っ暗だけれどもね。でも、与党は反省してるふりなどおくびにも出さないだろうね。

そして、戦後の合理主義での成功体験をもとに、これまで通り、小池さんと菅さんの駆け引きがあり、野党の的を射ない追求があり、それにより無策な自民党がその上にあぐらをかく構図が、連綿と続くのだろうね。

文化は育たず、日本でお金が動く事の1/3は電通が関与し、一ヶ月に二回ぐらいしか公演のない市民ホールが増え続け、誰も喜ばない歩道橋が増え続け、税金や復興予算の大半は建設会社やゆるキャラ詐欺師に持ち逃げされていく。

ただ、僕の中で、一つだけハッキリしていることがあるよ。

愛人欲しいよね

って感じね。

(Visited 389 times, 1 visits today)

By 宮川賢

何しろ、インプットを多くしないとアウトプットばかりだと枯渇しちゃうし、ヤバいのでまずは読書を。そのためにソロキャンプや旅行や仕事も頑張らないとなりません。なーむー。

One thought on “東京五輪が教えてくれた事”
  1. 2度目の東京五輪なんてやらなきゃいいのにと思ってたのですが、今となってはやった事で色々ダメな部分が明らかになって逆に良かったかなと
    それを踏まえて善い方向に変わっていかなきゃ意味ないんですけどね
    日本人は忘れっぽいからなぁ〜

Comments are closed.