女優の熊谷真実サンが、60歳にして、43歳の書道家の夫と離婚。驚いたのは、結婚生活そのものは「年間契約で毎年更新するシステム」だったということ。
吉本興業の加藤浩次サンみたいな感じ?
年間契約となると、まぁ、双方の合意がなければ破棄できるという素敵な間柄です。だが、それが結婚となると、もはや「結婚」とは言えない。
あの「誓います」と言わされる作業がなければ、浮気しちゃう人が沢山いるだろうさ。あそこで「誓いますか?」と問われて「誓います」と答えちゃったから、「答えちゃったしなぁ」という、つまり「自分の言葉に責任を持つ」という形で成り立つ部分も結婚生活には多分にあると思われる。
禁煙した時に本で「毎朝『今日、私はたばこを吸いません』と言ってから一日をスタートしましょう」ってのがあって、実践したら、即禁煙できた。自分の言葉に責任を持つという本能が人にはあるのです。
それは結婚と言えるのか?
話を戻して、熊谷真実サンの場合、年間契約で毎年「この一年を更新するかしないか?」を話し合う所からリスタートするという間柄だったらしいが、それは果たして結婚生活と言えるのか? 言えないと僕は思う。
つまり、そういう風にした最初の設定の段階で、どちらかが「譲歩した」と思われる。
そんな形でも良いから、結婚してくんない?とね。そして、それが、続けていく中で、「そろそろ嫌になったので破棄しまーす」って事になった。
そろそろイヤになったので、破棄しまーす
ってね。これ、キツイね。
僕には出来ない。
僕には出来ないですね。
だったら(結婚しても)、まいっか。
という結婚でしょ? それはないなぁ。卑怯だし、結婚というシステムをバカにしてるし、結婚して、我慢に我慢を重ねて暮らしている奥さんや旦那さんをバカにしている。
この言い方が正しいか解らないけれど、相手の女性が18歳年上。で、60歳になった。そこで別れる。それは、夫の稼ぎが悪くなったから、別れる、みたいなのと同じじゃないかっ。
え。
あ。
そっか。
同じか。
じゃ、いっか。それでいっか。そういうものか? だとしたら、フツーか?
とも思えるね。
トロフィーワイフとして結婚した女性が、年を取って醜くなったので、浮気して別れるってのと同じじゃないか! え。あ。
あ。そっか。
それでいっか。
それと同じか?
それでいいのか?
ってことは、そっか。フツーの事か?だったらいっか?
ん? なんか違うような気もするけれど。
いや、同じじゃないでしょ
いや、違うよ。やっぱり。違う違う。これまたこの言い方が正しいかどうか解らないけれど。
自分が43歳になった時に、妻(熊谷真実)が、60歳になる、ってのは、元より解っていた事だよね。
だとしたら、そのことをしっかり考えて、例え、相手から「年間契約で毎年更新ってので良いから結婚しようよ」という話になっていたのだとしても、熟慮の末に断るべきだ。
と、僕は思う。女性の一年は男性の一年とは違うと思う。これは、「同じだよ」とジェンダー問題に手厳しい考え方のフェミニンから言われようと考えは変わらない。だって、まだそうなのだもの。
男は、何歳になっても、子供を産む力は残るけれど、女性はなかなか難しい。そうやって考えると、女性の一年は男性の一年と違う、という考え方はあっていい。
なので、もんのすごく、失礼だと僕は思う。本当に言われている事が理由だとしてもね。
ただ、この手の話は双方の話を聞いてみないとまるで見えないので、女性側の意見を聞いてこんなの書いてる時点でおめでたい暇人フォーザピーポーだがな。(磯野貴理子の離婚も同じね)