multicolored concrete house

金メダルだろうが、感染するので、上げません。取りに来て下さいね。ということで。仕方ない。……のか?

髙藤に感動したものの

髙藤選手は、リオで銅メダルに終わり、お子様から紙で作った金メダルを貰った。それをホンモノの金メダルに変える5年間。そして成就した不屈の精神力。すげー。

金メダルも授与しない

なのに、授与式なのに、授与しない。盆の上に載せてあるメダルを「自分でとって」貰う。というシステムだ。うええええっ?! なんだかなぁ。「お前の母ちゃん宮川賢!!」でも話したけれど、悲しすぎるぜ。

カクテルパーティでウェイターが盆の上に持っているチーズケーキとかを「頂戴」「あ、はい」と勝手に取る、あのかんじに近い。悲しい。渡してくれない。リボンの部分なら掴んだって良いじゃないかと思うのだけれど、厳格だ。全く。

なのに観客について

なのに、観客について、入れる入れないとかやっていたよね。今でも宮城だと入れると言う話になっているし。ええと。

メダルを授与するのさえ割愛するのに、観客入れるってのは、どういう物差しなのでしょう? やっぱり、選手なんかはどうでも良いワケですかね? タレントと同じく、視聴率の為の「コンテンツ」でしかなくて、選手じゃなくて、アスリートじゃなくて、「五輪」という数字持ってる企画の上に乗るタレントみたいなもんなんですね、きっと。

そうやって思うと悲しいけれど、そう思えて仕方ない。ねぇ。だって、だぜ。観客入れる入れないってのは確かに大きいけれど、実際、先ほどの、卓球の混合ダブルスの熱い大逆転なんかに観客がいたら、大騒ぎして大変なことになっていただろうさ。

そして、挙げ句の果てに、「大逆転クラスター」とか言われちゃって、ミマちゃんたちのせいで、クラスターが発生しました! なんてことになっちゃう。

水谷のせいでクラスターがっ! となって波田陽区もお叱りを受ける事になるかもしれないし、大橋悠依の金メダルもそれにより竹内結子よりも美しいんじゃないか、この人は? と改めて思う人たちが騒いで「400メートルメドレークラスター」が発生してしまっていたかもしれない。

それよりは良かったとは思うよ。

でも、ですよ。世界で一番を決めたのに、その人に「自分で取りに来て」ってのは、もう悲しくて仕方ない。髙藤が自分で取り上げて、自分でクビにかけていたのが悲しくて仕方なかったよ。まぁ、金メダルに変わりはないので、ちょっとさみしかった程度だけれどさ。紙の金メダルはお子様がかけてくれたのに、ホンモノは、自分でよいしょとかける。とほほのほ。

取ってから言うことですけど、ってのが正直で実直で素敵だなぁと。

金メダルを取った金メダリストとして立派な人生を歩んでいきたいと思います。という言葉がすげー説得力。

また、畳に上がった時に正直に言いますが「全く緊張しなかったです」、それぐらいちゃんとやってきましたから。

かっこいいねぇ。

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By 宮川賢

何しろ、インプットを多くしないとアウトプットばかりだと枯渇しちゃうし、ヤバいのでまずは読書を。そのためにソロキャンプや旅行や仕事も頑張らないとなりません。なーむー。