川崎の一人で死んで問題(安藤優子/志らく/藤田孝典)

3.11の年と似て感じるのは


ささくれ立っているからか

3.11と似て感じるのは、ささくれだっているからか。

みんなが怒ってるからか。そうとも思え。だけど、何かを言わねばならないのがテレビラジオの出演者で。炎上覚悟で何かを発信していかねばなりません。

そこには「放送倫理」というものもあるけど、それ以前に民放は「数字を取る」もあり、タレントは「自分らしさ」を出す必要もある。

個人的に僕は、民放は不完全だと思っているので(良い意味で)、それらの欠点を許容出来るぐらいには飼い慣らされた豚であります。これマスコミ病と言うならどうぞ。

危険だと思っていても言わねば「番組が当たらない」との危機感に追い込まれる出演者もスタッフもいる。

で、結果はみ出すと大変なことになり、結果論と片付けられる。

だけど、今回のは、発言の後に、色々事件が起きたり事実が判明したりして余計ややこしくなっている。そして、みんなが言葉を選び、その選び方が「殺した人をかばうのはどうか」であったり、あの人がかばうのはおかしいとか、変な方向に(つまり誰でもそれについて発言する人全体が叩かれる方向に)なっている。

擁護するのもどうかとは思うけれど

不良品発言とか(よく知らないけど)、一人で死んでくれ発言とか(よく知らないけど)、

どんな発言も影響力のあるマスメディアを通じて発信されれば、それにより誰かが傷つき、誰かが同意するものなので、

何かを得れば何かを失うのは摂理。

ただ発信した側が叩かれるのも事実だし、叩かれないように気をつけてばかりいても地味な(=つまらない)地方局のワイド番組みたいな毒にも薬にもならない番組ばかりになってしまう。それは地方局からも「ネットする意味がない」ので求められなくなる。だから、発言に外連味を求める。という循環ね。

今回はとりわけ川崎の事件と元エリート官僚の息子殺害が連続したから、一際物議カモカモであり、配慮が足りないって程でもなく、いつも通りのそのタレントのイメージ通りの発言だと僕は思う。それを怒る人の気持ちもわかるし非難する人の気持ちもわかる。でも、発言している人たちは、「人が発信している事に、後出しジャンケンでイチャモンつけられる人はいいね」というのも解った上で、仕事してるので、正直、猛省はしていないと思うし、局側もそれを求めていないと思う。

それが民放だし商売ありき。


まとめ

つまり、だけど、テレビなんだから、もっと切磋琢磨してそういうのをなくしていこうよ!という点で見ていくとしたら、直すべき問題は一つ。

NHKという国営っぽい局が一つしかなくて、民放が沢山あるって事が問題。

なのであって、民放局を半分以下に減らして残った局を半官半民にしちゃう。とかね。そうやって、もっと内容を締め付けていく、とかね。

そして、クダラナイ番組を全て排除して、文科省推奨番組のようなモノばかりが並び、日本人の民度が100年ぐらいかけてアジアの近くの国のような塩梅に管理されていく(しかも国民がそれに気づけない)ような感じになるぐらいしかないのかもね。と思うよ。

本当に申し訳ない言い方だけど、タレントなんかが口走ってる事にいちいち目くじら立てちゃダメですって。局の代表意見に取られかねない局アナが口走ってるなら別だけど、そうじゃないなら。
もっと言えば、テレビなんかに期待しちゃってること自体がノー・グッドな事ですってば。

事実にタレントというバイアスをかけて装飾するのが仕事なのだから、ネットで正確な情報を探す手管を学ぶ以外にないんじゃないかなと思うよ。これまた難題だけどね。


↑最近はOverdriver Duoに夢中。YouTubeはこればかり見ちゃう。カッコいいぜ。

投稿者:

Miyacolor

まぁ、なんとなく楽しく生きていますよ。それで十分でありながら、それでいいのか?って自問自答する日々ですかね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください