テッちゃんへの憧れは貧乏なる幼少期に起因する?

鉄道マニアというのはもはや趣味の王様になっており、「鉄道オタク」という言葉は死滅した。パソコンオタクという言葉がなくなり、今や誰でもPCを扱うし、PCと同じスマホを持つのが当たり前の雰囲気。そうやって思うと「ラジオオタク」ってのは未だにオタクの域をでないので、なんだかラジオそのものが時代からどんどんおいて行かれているようでさみしいですな。

電車とバスの博物館

宮崎台にある「電車とバスの博物館」に行ったんですね。本日、取材で。近々「宮川賢MT」で放送なので良かったら聞いてみて欲しいけれど。

(ちなみにこの番組、誰にも話してないけど、自分の中で、いくつかの縛りを決めていて、挑戦していることがあり、内的コンセプトに満ち満ちているのよね。閑話休題)

え? これが博物館? というぐらい、びっくりするような小ぶりな施設(汗)。200円で子供は楽しそう。

子供も大人も楽しそうでね。

そのぐらい「てっちゃん」は沢山いるんだなぁと思ったよ。そして、どうして、自分は「てっちゃん」にならなかったのだろう?と思ったりしてね。

友達と話が合わない事が多い理由

たとえば、ガンダムもまるでハマっていないので、ガンプラの話も分からない。それどころか「プラモデル」も好きではないし、興味がさほどない。

ありゃりゃ? どうしてだろう?

少し判りました。それは、自分が貧乏だったから?!なのではないだろうか?

幼い頃は貧しくて、家に風呂がなくて電話もなくてテレビは白黒で。てな感じ。高円寺に住んでいるのにね。いろいろあるよね。いろいろね。

で、プラモデルは買って貰ったことがないので、興味がなかったし、ガンダムもそう。そうやって考えるとテッチャンにならなかったのも、子供の頃に「鉄道模型」やら電車のおもちゃを一つも買って貰ったことがないからなのではないだろうか? という推察に真理を見いだしてしまった本日です。

博物館では、ヨチヨチ歩きの子供をつれたご家族がとても楽しそう。そして、子供はみんな、鉄道模型に興味津々。運転シミュレーションにも並んでやりたがる。多少ハンドル切っただけで、おやは「上手じょうず!」と騒ぐ。

それを尻目に僕は、うーん、なぜか感情移入できない。そう、今でこそ、それほど生活に困っていない状況になったけれど、その幸せな家族を見ていて、「この人たちは金持ちだ」としか思えなかったのね。自分の幼少期と比べてしまい。いいなぁ~なんて思ってた。こんな形で親に愛されたかったなぁなんて思ってた。

つまり、原体験で電車、車、なんてものを味わっていないからなのではないか?と。
少年の気持ちを忘れない。なんてのは、少年の時の「原体験」がなければ、忘れる思い出さえない僕には難しい話のようで。

ロケで悲しい思いをする不思議な午後

そんな寂寞なるヒトトキでござった。なんだかなぁ。

そして、CDを購入。んもう、そういうのもあるんだぁって笑ったけど、東急バスのアナウンスCD。「ドアが閉まります」とか「ドアが開きます」「発車します」「傘などのお忘れ物にご注意ください」とかそういうのが大量に入ってる。1000円。行けば買えるぜ、みんな! てっちゃんたち! そのCDの但し書きにはこうあった。

バスの中で聞くのは他の乗客の迷惑になるのでご注意ください。音漏れのないようにご注意ください。

だそうです。笑ったなぁ。そりゃそうだよね。そして、ナレーションと言えば、交通情報の阿南京子さんの事を思い出してしまった僕です。放送は今月の「宮川賢MT」でご確認くだされ。何はともあれ、宮崎台という場所に初めて行った僕でした。

投稿者:

宮川賢

何しろ、インプットを多くしないとアウトプットばかりだと枯渇しちゃうし、ヤバいのでまずは読書を。そのためにソロキャンプや旅行や仕事も頑張らないとなりません。なーむー。