(#054)理屈じゃねぇぜ!

俺は乗らないライダー!
No Run ! Night-Rider!
バイクが好きな理由、
バイクに乗りたい理由、
それは言葉で言い表せないぜ!
だってそうだろ、なぜなら
それは、バイクだからなんだぜ!

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ルイス・ブニュエル監督作品「皆殺しの天使」を見たぜ。とても面白かったぜ! やはりブニュエルは痛快だ。好き勝手やりながらも、適当でありながらも、必ず筋が通っていて、ハッキリしている所が大好きだ。こういう作品を作れる環境にあった作家はとても恵まれていると思う。プロデューサーはまるで口出しをしなかったらしいし。それが凄い。見終わったプロデューサーは「まるでわからなかった。でもなんだか凄いね」だそうですよ。そんなプロデューサーの鑑のような人が実在するだなんて。
今の世の中、必ずよしにつけあしにつけ口出しするでしょ。それは広告代理店なんていう所が「スポンサーさんも意向を介在させていいと思いますよ」なんて言うもんだから、というより代理店はその間に入る部分がないと仕事にならずにただのピンハネ業になってしまうので仕事をした気分になりたい為にそう言うのだろうけれどね。
それにしても「金出してるんだからさぁ」というのはどこでも耳にするし目にする。そのあたり「現場重視」している(ように思える)のは、楽天オーナーの孫さんぐらいかなぁ。よくしらないけど、なんだかイメージで。
例えば、ガルシアマルケス「百年の孤独」でどうして血が伝わりながら旅するの?なんて言われても誰も応えられない。つかこうへい「熱海殺人事件」で、大山は殺したんですか?なんて馬鹿な質問しないでしょ。カフカ「変身」でどうして芋虫になっちゃったの?なんて言っちゃ駄目でしょう。
なのに、映画作品の多くは理屈に裏打ちされたクソつまらないものばかりに成り下がってしまい、創造性のはけ口であった筈の痰壺のような「吐き出しまくってる気持ちよさ」が伝わる作品にはなかなか出会えない。探せば沢山ある。わかりやすくいうと「アメリカ映画はお子ちゃま向け」。ヨーロッパ映画の方がグサグサ刺さる素敵な作品が沢山ある。本当に見ていて気持ちいい。
野田秀樹の夢の遊眠社の「ゼンダ城の虜 ~苔むす僕らが嬰児の夜~」で「地球もお年頃だ、ってどういうこと?」とは言わないでしょ。つまり、バイクを好きという事に理屈はいらないし、理屈はないよ。説明できるものではないし、説明を求めちゃいけないものかな。訊かれた時は「翼が生えるような感覚かなぁ」とかなんとなく答えてるけど、それは「質問者が求めている解りやすさ」と「質問者がでもわかり得ないんだろうなぁと思っている通り」の答えを出して差し上げている所があって、実際の自分が思う答えではない。
bunuel.jpgマジックレアリスムを説明しても無意味だし、今回見て感動した「皆殺しの天使」は「どうして社交界の男女がそのお屋敷から出られなくなっちゃったの?」という点を必死に考えるのも不毛極まりない。それは、観客に「解釈の遊びの部分」を持たせるというような上から目線の事ではない。「どう捉えられても構いません」という開き直りでもなくて、「ハッキリさせないのです」という逃げでもない。これ、本当。それが解らないと「スポンサーさん」とか素人から「ちゃんと決着した方がいいんじゃないですかねえ」と大衆受け(要は地方の老人受け)を強要されてしまう。
その点、バイクはまだ楽だ。なぜなら、乗らない人も「なんだか気持ちよさそうらしい」事ぐらいはなんとなく伝わるからね。ただ「バイクで高速乗る奴の気が知れないよね」というのはよく耳にするし、無理解な部分もまだ沢山ある。こればかりは乗らないと解らないだろう。バイクに乗りたい! それは理屈じゃなくて生理的な反応なんだよ。酒飲んだことがないヤツは「酒のみたーい!」とは思わないでしょ。同じだよね。
俺は乗らないライダー!
No Run ! Night-Rider!
理屈じゃないぜ、バイクだぜ!
俺が君を愛するのも
俺が君を抱きたいのも
ブニュエルがMT-09が好きなのと
同じ「理由」だぜライダー!

「(#054)理屈じゃねぇぜ!」への1件のフィードバック

  1. どどんがさんだって高速乗ってすぐ降りてきちゃったじゃないですか…。

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