手児奈の入水自殺

宮川賢MTの取材で、本日、千葉の市川の真間にある「弘法寺」に行きました。そこで絶世の美女手児奈の自殺について考察。

弘法寺

指令が来たので、弘法寺に向かいます。これはグホウジと読む。千葉県市川市真間にある古刹。

・鈴木長頼という作事方の大工頭であった人
・手児奈という名の絶世の美女

この二人が登場人物です。今回の取材の。

涙石

まずは、お目当ての涙石へ。この弘法寺には、涙石と言われる石がある。本堂に向かう石段の27段目の左側の一部の石だけ色が違う。そして、その石はいつも「濡れている」らしい。それにより涙石と言われるようになったそうな。

行ってみたら、確かに色が違う。

弘法寺(千葉県市川市真間)

鈴木長頼

この涙石には伝承話がある。それがこれだ。

作事方の鈴木長頼は、伊豆より石を運ばせたが、ある所で石が動かなくなってしまった。船が動かなくなったという説もある。それを目的地まで運べなくなった長頼は、この弘法寺の石段を作るのに勝手に使ってしまい、それが幕府にバレて、この石段の上で切腹しこときれた。そして、その恨み辛みが涙となって石を濡らしているというもの。

だが、これは誤りであることが判明した。長頼の墓誌に、記録があった。

長頼は、仕事の最中に具合を悪くして、その二日後に死んだ。つまり切腹ではない。では、なぜ、このような伝承話がでっちあげられたのだろうか?

それは、恐らく、長頼という男が意外とちゃんとした人だったから、この長頼の話が広まる噂の中で出てきたのではないか?

長頼は文化人

鈴木長頼は、作事方の大工頭。作事方というのは幕府から「あれ、作って!」と言われる部署みたいなもんで、大工頭というのは、棟梁とは大きく異なり、建設省(国土交通省)の長官みたいな立場。つまり、官僚だね。エライさん。

同時に、この官僚は、文化人でもあった。沢山の文人たちとの交流を誇り、その業績も大きい。

手児奈の霊廟

ここで、もう一人の登場人物手児奈が出てくる。

手児奈というのは、真間で生まれた絶世の美女の事。この女性を歌った歌が万葉集に9つもある。そのうちの一つは、高橋虫麻呂のこれ。

「葛飾の真間の井見れば立ち平し、水汲ましけむ手児奈し思ほゆ」

葛飾の真間という場所の井戸を見れば、水を汲みに来ていた手児奈の事に思いが及ぶよね

てなもんだろう。雑だが概ねそんな感じ(の筈)。

この手児奈という美女の死を悼んだ男たちが手児奈霊神堂を作った。そもそも、弘法寺はこの手児奈の霊廟だったと言われている。なんと! 市井の美人の為に??? なんだそりゃっ?!

顕彰碑を沢山作った長頼

で、その手児奈という美女の歌は9つあるが、そのうちの3つの顕彰碑を弘法寺界隈に立てたのが、鈴木長頼だった。

弘法寺(市川市真間)

そのぐらい、文化にも精通し、地元を愛した人だったらしい。
だが、文化人としての業績も勿論、ちゃんと日光東照宮の造営も任されてたちゃんとした作事方。

その長頼の偉大さ故に生まれた「切腹話」だったのだろうと思われる。

手児奈の入水自殺

では、気になるのは手児奈って美女の話だ。

まず、高橋虫麻呂が読んだ時には、手児奈はいない。もっと前に実在した女性。
なのに、どうしてそんなに話題になっているのか。切腹話は嘘だが手児奈の入水自殺は本当だと思われている。

色が違う石段の石。それが涙石。

それについて紹介しよう。

手児奈の伝説

手児奈は真間の井で水を汲んで生活をしていた。あまりの美しさに、真間の男性たちはこぞってこの井戸に集まり、手児奈を口説いた。ありとあらゆる男が手児奈を求めた。しかし、手児奈は断り続けた。仲良し兄弟でさえ、手児奈を奪い合う為に大げんかをして、街の男性たちは諍いが絶えなくなった。

弘法寺のお墓の方ね。

手児奈は思った。「私の心は分け合う事が出来る。しかし体は一つ。この体がなくなってしまえばいいのだわ」そして、入水自殺。
弘法寺

その手児奈の死を悼んだ男たちが作ったのが「手児奈霊神堂」だそうです。
変なのっ?!

真間の井

真間の井というのが亀井院にある。このなかに入っていくとある部分を潜って裏庭に出ると、真間の井がある。

真間の井がある亀井院の入口付近。

亀井院の中。

真間の井。かつて絶世の美女手児奈が水を汲みにきていた井戸。

この真間の井に水を汲みにきていた手児奈に男は翻弄された。
そして、その井戸が有名になり、歌にもなり、今なお空井戸ながら保存されている。無料で見る事も出来る。風情たっぷり。
真間の井。へ続く道。

真間の井。

真間の井。今は空井戸。

そして、その絶世の美女手児奈の自殺により、心を痛めた男達が、建立したのが、その亀井院のすぐ向かいにある「手児奈霊神堂」。
手児奈霊神堂。子宝祈願など。

手児奈霊神堂の雨よけ。

手児奈霊神堂にある池。

手児奈霊神堂の参道。

まとめ

結局の所、涙石が濡れているのは、石の質が違うからだろう。
真間というのは古語で「崖」を意味する。水脈が地下にあり、そこからの水分を受けて、石質の違う「涙石」だけが水分を含んで居続ける。そう思うのが正しいだろう。

手児奈という女について。「私が死ねば!」そう思うってことは、それは世の中がそういう時であったのだろう。誰か一人と結婚すりゃいいじゃねぇかと思うけど、そういう事ではないらしい。あっちを立てればこっちが立たず、とかそういう事なのかな。モテる女性はとっとと結婚してしまうのがいいと思うよ。変なまとめっ!


↑弘法寺

↑亀井院

↑手児奈霊神堂


(参考)真間の手児奈
(参考)真間手児奈
ちなみに、亀井院は、北原白秋が最も貧しい時期に一ヶ月半住んでいたという。

投稿者:

Miyacolor

まぁ、なんとなく楽しく生きていますよ。それで十分でありながら、それでいいのか?って自問自答する日々ですかね。