リリー・アレン「ほんとうの、私のはなし」全部暴露して、まっぱになったポップスターwww

リリー・アレンの「ほんとうの、私のはなし」を読み終えてニヤニヤしている。

半生を綴ってる

リリーは、お騒がせスターであることはずっと知ってる。でも、決して破滅的な印象は少なく、エイミー・ワインハウスとは住む世界が違う印象だった。でも、やっぱり、それは彼女のイメージがそう思わせていただけで、同じく「スター地獄」にハマっている人。そのあたりが痛感出来る。

ビートニク

僕は、ビートニクかと思って読んでた。というか読み始めたら、バロウズとかケルアックを彷彿したし、キチガイっぷりも図抜けてる。

つまり、最愛の妻の頭の上に林檎を乗せて、それを撃とうとして、頭を撃ち抜いて殺してしまうなんて、ビートニクの実話エピソードの延長線上にあるような要素がダラダラと彼女の言葉から紡ぎ出される。ああ、ひどい。そして頽廃的。

読後は、女子エッセイ(キチガイ版)に印象変化

読み終えて見ると、ビートジェネレーションとはまるで違うものだった。ゴメンナサイ、ギンズバーグファン、バロウズファン、ケルアックファンの皆様。

だが、このお詫びは、だから「生やさしいものだった」というワケではありません。リリーはリリーで狂っていた。自分でも自分を制御出来ずにもがいていた。なのに、本を執筆するリリーは全てを客観視出来ている。この「自分(=リリー)」が多層に存在する「自分の入れ子構造」のような不思議な感覚に読み進めるとやられていく。

壊れていくリリーの下りは、自伝なのだから、客観的に捉えて描写していると解っているのに、読み進める自分も壊れていくようで(ノルウェーの森のようにね)、少し怖くなる。どうにもならずにちゃんとしてる自分(リリー)に戻れるのを解っているのに、ハラハラ読んでしまう。

チンコちんこ言ってたと思いきや、有名アーティストたちとやっちゃった話もふんだんに飛び出す。フジロックのくだりはある意味「ポップスターじゃなくてプロのグルーピー」なんじゃねぇかと思うぐらい徹底してる。そして、リリーを通じて「日本のフジロック」が如何にすげーかを実感する、なんてことも。

ビッチな娘の明け透けトークは「エッセイ」「女性パーソナリティの一人喋り」好きにはたまらんものがある。それ以上話す事ないだろ!ってぐらい話してる。そして、それが、社会的意義さえ持ち始めている。

リリーといえば、「スマイル」これはみんな聞いた事あるっしょ。ラジオでもかかりまくってたしね。

マーク・ロンソンとの関係

リリーの話を読み進むと、マーク・ロンソンらは、猛烈に「錬金術師」の才能に長けてる事を知るね。www

似たような形で名を上げた人たち(同時期)

↑で、ケイトナッシュ。
彼女も、リリーと同じく「マイスペース」で楽曲を有名にした人。自分で道を切り開く。
そして、この人も同時期大好きだったなぁ。エリザ・ドゥーリトル(と読むのかよくわかってない)。とにかく「Eliza Doolittle」だ!

なななななぁ~

で、リリーに戻すと、色々な顔を持ってる彼女だが、やはり明るい歌がいいよね。エア・バルーンみたいにね。

見れば解る通り、「可愛くない」ところがサイコーに可愛いんだよね。音楽業界でヤラれまくったり、散々酷い目に遭ってる。でも、強い。そういう「本」だったよ。そうそう、曲ではなくて「ほんとうの、私のはなし」のはなしね。

今はこんな感じ。彼女は恋もして親ともモメて、子供も産んで(色々あるが)、失恋もして別居もして同居もして殺人鬼に襲われたりストーカーにつきまとわれたり姉と事業に失敗したり、音楽プロデューサーにヤラれたりドラッグに依存したり、色々ありすぎる反省が濃密に綴られてる。その彼女の「口調」がファンキーで恋しちゃう。ラスト、ようやく警察さえ信じられなくなっていた時に、彼女を支える人達とので出会いで、持ち直す(自分を取り戻す)。これカタルシスね。

ぜんっぜん、ヤリたいと思わない女性なのにこんなに可愛いんだぜ。不思議な人だよね。


↑訳した人がタイトル間違うww

投稿者:

Miyacolor

まぁ、なんとなく楽しく生きていますよ。それで十分でありながら、それでいいのか?って自問自答する日々ですかね。