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(何しろキッツイ小説)彼女は頭が悪いから/姫野カオルコ

小説にすると、こうも物事が解りやすくなるのか?!と思う。ビックリ仰天小説だぁ。

東大で一番売れた小説

東京大学の生協で一時期、ダントツで売れた小説らしい。そりゃそうだ。東大生というのがどう思われているのか? 自分が東大生ということで自覚がないだけでどういう深層心理があるのか、ある可能性があるのか? を教えてくれそうな小説だ。

教育的な意味合いで

だが、僕がこれを一気読みしたのは、上野千鶴子さんの祝辞を読んだから。

東大の入学式での祝辞は、かなりの物議を醸した。正しい事を言っているけれど、それを入学式で言う必要があるのか。いや、そういう人のそういう意見こそが入学式でガツンと学生に伝えるべきだ。まるで「入学」の時期に合わせてのショックドクトリンのような効果を狙って誂えた人選かのように。

感銘を受けた部分はとても大きい。知らないうちに女性を差別しているのは日本人男性は皆同じ(に近い)。とりわけ僕も含めた年寄りは。これは時代のせいにして仕方ないで片付ける場合ではない。どんどん頑固になるのが年寄りだけど、それでも時代に即した気持ちの入れ替えをしていかないとなりません。

僕は「最近の若いもんは」という言葉が大嫌いです。若者を上から目線で見ているし、年寄りが常に若い人よりも正しいという価値観で見下している。時代は若い人が支えるし、今は若い人の為にある。その少しずつ加齢と共に置いてけぼりにされている自分を正当化するかのような惨めな発言がそれだと思っているからだ。

先日、ラジオ番組に「バイトの店長が自分を下の名前で呼ぶのが厭で仕方ない」という女性からメールが届いた。どうしたらいいでしょう?とな。僕が答えたのはこうだ。

恐らく、店長はきみを評価しているから親しみを込めて「下の名前で呼んでいる」のであって、愛情の顕れだ。悪気はまるでない。だからこそ、あなたはこうして悩みとして番組にメールを送っている。まずは、厭だという気持ちを伝えてあげてください。知らない筈だから。ビックリするでしょう。それでへそを曲げる店長ならその場で切り捨てて辞めてよし。気付いてくれる人だと思うよ。

みたいな感じで。

知らない所で解らない事がある筈だ。相手の気持ちなんて判らないのだから。

上野さんの祝辞にあるように、この小説を題材にしてシンポジウムを開いたそうな。それは所謂教材として、テキストとして、取り上げて、話し合ったのでしょう。それは有意義に思えます。

小説だから、姫野さんの(俺が大好きな)エッセイではないわけです。姫野さんが「思っている」事ではないんだよね。登場人物がそういう人なのだよ。東大生はきっとこうだ、と姫野さんが思っているのではなく、そういうキャラクターなのだよ。

その小説って手順を使っているところが絶妙で。僕はつまりシンポジウムではなく、単純に作品としてとてつもなく楽しむ事が出来た。

彼女は頭が悪いから(裏表紙、腰巻)

実際にあった事件を元に

東大生の強制わいせつ罪。実際に2016年にあった事件から着想を得て、小説として書いた。と明かにされているが、小説を読んだ後にこの実際の事件の経緯を見ると、如何に「細部にわたって事実に基づいている」のかが解る。酔わせた女性を裸にして馬乗りになってキスをした。食べていたカップ麺をハダカの女の体の上に落とした。等。

それによる説得力なのかというとそういうことではなく、こうして誰もが読み終えた後に「語りたくなる」小説であるってのが一番の魅力(まるで解りづらいが)。

被害者女性の青春を丁寧に描くことで、読者にガンガン感情移入させる。そして東大生側も丁寧に描くことで「自分も東大生だったら、こうなっているかもしれない」という共感を仄かに呼ぶ。その両者を綺麗に描き分けながら進行する流れがとても丁寧で、まごうことなき小説なのね。ドキュメンタリーじゃない。

東大生と知り合いたかったワケではない女性なのに、
どうせ東大生と仲良くなりたかっただけなのだろう?

と誤解される。

そして、ネット上で、散々叩かれる被害者。なぜ被害者が叩かれるのか?

これは、僕が前に紹介したジョン・クラカワー「ミズーラ」とまるで同じ構造だ。
ミズーラは、アメフトで有名な名門校のアメフト選手にレイプされた女性が「売名行為だ」とか「ビッチ」とか言われながらも、地元の自治体含めて強姦者側を守ろうとする体制に立ち向かう強烈なドキュメンタリー。

ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度 (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ II-12)

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構造はまるで一緒。

なのに、客観的ではなく主観的になってしまうのは、「彼女は頭が悪いから」が小説だからなのね。これ、読んだ人は、しばらくこの話が頭から抜けないと思う。色々考えちゃうと思う。だからといって、宙ぶらりんにして終えているのかというとそうではない。作品として猛烈にシビれる。カッコイイし、痛快な部分もあるし、引き込まれるし、気付くとドンドン読み進めている。寝不足必至。ミステリーではないのに、こんなに厭な話なのに、ページターナーって? とあっという間に時間が過ぎてるのが驚くよ。

全てのキャラクターが秀逸

登場人物全てが魅力的。東大出たのに、親の望む職業に就かなかったあるメインキャストの兄が僕は大好きで。家族からは「ドロップアウトした」と後ろ指さされているが、その実言う事は確かで。エロい格好で女度を下げない母親。被害者の仲良しの友達。被害者の初恋相手。示談を持ちかけられて対応する事で正体が暴かれていく経緯。色々な部分が、あっと言う間に突き進む。すんげーテンポの良さ。

さりげない問題提起

物語を進めつつ、多方面から様々な問題提起を十重二十重と畳みかける。それぞれに読者は自分の考えを確認しながら読み進めないといけないような感じ。問題を突きつけられながら読み進む不思議な体験。読んでる自分が「ゴメンナサイ」と言いたくなるようなそんな小説。

女性差別の問題。学歴社会での奢りと誇り。家族のあり方。職業について。社会人にとっての学歴とは。男女交際とは。キスとは。飲み会を盛り上げるとは。
姫野カオルコに得意分野は? と訊くときっと「次回作」って事なんだろうなぁと。

掛け値なしにオススメです。
ちなみにタイトルは、実際の事件で逮捕された男が供述で口にしたフレーズだそうです。
(姫野カオルコインタビュー)

彼女は頭が悪いから

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彼女は頭が悪いから(姫野カオルコ)

彼女は頭が悪いから(姫野カオルコ)。東大生からは「東大のイメージを損ねる」と批判もあったらしいが、著者は「東大批判をしたかったわけではないが、一部の東大生から誤解を招くからと批判されることは理解している。そういう人たちはどうぞ私の顔写真をプリントしてグサグサ刺すなりして下さい」との堂々たる小説家らしい態度に、これまた惚れる。

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作成者: 宮川賢

何しろ、インプットを多くしないとアウトプットばかりだと枯渇しちゃうし、ヤバいのでまずは読書を。そのためにソロキャンプや旅行や仕事も頑張らないとなりません。なーむー。

「(何しろキッツイ小説)彼女は頭が悪いから/姫野カオルコ」への1件の返信

小説を読んではいないのですが…
私の場合は、東大の大学院に在籍していた女性と交際していたことがありました。
このケースは「彼氏は頭が悪いから」となってしまうのでしょうか。
まぁ、暴行やハラスメントなどは全くなく、別れてしまいましたが。
十数年前の青春時代をふと思い出しました。

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