モティベーション管理(=創作の土壌)

「小さな声のおともだち」
どうしてこういうタイトルになったかというと、
これはもう観ていただかないと解らない部分もあるやもしれませんが、一言でいうと初めて臨む世界観です。

創作の土壌悶々としてきた結果

創作の土壌は作り手の意欲の持続です。そういったものが牽引してくれるから努力も苦労も出来ますよね。今回は「小さな声でしか話せない人」を登場人物にして物語を作ってみようと思ったのが出発点です。

気持ちの沿革

数年前までずっと中劇場で公演を打ってきた為に、そこでしか開花出来ない役者ばかりとおつきあいする事になりました。当時からずっと感じていた事ですが、舞台映えする顔立ち、動き、声量。だが、当時所属した劇団員の中には、映像演技なら魅力的なのに、とかもっと小ぶりな小屋でお客様と近い環境なら魅力的なのに、と僕が残念に思う役者が何人かおりました。それでも中劇場での公演ばかりなので、一様に発声練習をしていかなけばなりませんし、そうやって腹式呼吸で声を出せるようにならないと舞台には立てません。なぜなら台詞を客席に届けられないですからね。それを残念に思っていた長い期間のストレスを一気に解消にかかっているのが現在のアトリエ公演です。

目の動きや心の機微をしっかり伝えられるし逃げがきかない追い詰められたオクタゴン(笑)のような場所。ハードだけれど、役者や演出の計算が全て届けられる嬉しさと恐怖。例えば顔が小さい女優は、個人的には親しくなりたいと思うかもしれないけど、舞台では映えない人もいる。しかし、小さい空間であれば、とてつもなく魅力的になる人もいる。演出家であると同時に「当て書きを得意とする」劇作家を自負していたので(汗)、どういう出演陣であろうとその人が演じて魅力的になる事を心がけてきた為、空間の制限などによりその役者が魅力的になれないのは悲しく辛いことでした。

出演者だけではなく

出演者だけではなく、作品も同様です。勿論、空間が最初のテーマであり、場所が決まるから物語の創作が始まるのが普通です。

そしてその「劇場」というものに物申す人たちの代表格が紅テントの唐先生であり、劇場というものを破壊し続けた天才寺山修司です。

誘蛾灯」を青山円形劇場で上演したのは、大道具の費用と制作場所がないってことで「円形ならパネル建てなくていいんじゃね?」ということもありましたが(涙)、その緊張感を劇団として味わってみたかった。全包囲されている状態での演劇の楽しさと緊張感。今でもぞわっと来る記憶。

そしてだからこそ、ああいった芝居になったのです。喜劇的要素がありつつ、それでも緊張感が底辺にある。

これと同じように、作品のイマジネーションは「どこでやるか」にも関わってきますし、当然考えるべきです。本当に下らないけど絶対に気にしなければならないことで言えば、上手の舞台袖から下手へ移動するのに奈落を通らなければならない劇場だと、その移動する時間を考慮して、登場人物の登場や退場を考える。二階建ての舞台の公演「ブラザー・リコのJipangu大逆転」を再演しようと思い立ち、とはいえ大道具製作の予算と時間と場所がないなぁということで、元より二階部分があるアトリエフォンテーヌで上演したり。

そして、今回の「小さな声のおともだち」もORSでなければ出来ない事です。稽古がとても新鮮です。

声が小さい人

そしてタイトルの「小さな声のおともだち」というタイトルになった理由ですが、確かに「小声の人たち」でもいいワケで、それを「おともだち」とあえてひらがなにしてみたりなんてのは、勿論理由がある。小さな声の人の人生を追体験してみたら、すぐに解った。

内気。

間違いなく。自分は声が大きくて色々な所で迷惑をかけます。家族でファミレスに行って「すいませーん」と声を出して子供たちから恥ずかしがられるのは日常茶飯事です。スーパーの特売のアルバイトをしていたころ、「大きな声でいらっしゃいませ!を言うように」とオリエンを受けてやっていたにも関わらず「宮川君、もう少し声を小さくしてくれる。お客様からウルサイという苦情が」と言われたりもしたし。てへぺろ。

そうやって考えると今回の公演の準備や創作は、自分の対極を意識すればいいという事が見えてきた。声が大きい人は「自信家」だ。少なくとも人からはそう見える。堂々としているようにも見えるし、「怖い」。うむ。圧が激しい。一緒にいて疲れる(書いてて悲しい)。(実際、自分の女房は鈍感を絵に描いたような愚鈍な人だから勤まっているとしか思えない。←謙さんには内緒だよ←妻は謙さんじゃない)

その対極となると、小心者で自信がない。そういった精神的なこと以外でも、声が小さいということは、いくつかの生活での制限がある。それはこの芝居の具となった(あとは観て下さい)。そこが「あ、できた」と思えた瞬間。こういうのに出会えると非常にものつくりは楽しい。

タイトル

そうやって登場人物の人生を追体験してみたら、「小さな声のおともだち」になった。友人。でもなく。ましてやダチでもダチ公でもなく、マブダチでもない。オタクが二人称に「オタク」というような雰囲気に少し似ているかもしれない。

で。自分は?

はい。僕も出演するのですが、これはやはり、声が小さい側には行かずに、大きい側になりました(とほほ)。それでも声が小さい人とは交流するし、興味も持っている。しかも邪な気持ちで(汗)。物語を考えるのって、要は主人公に障害物を用意して並べる作業なので、劇作家とかシナリオライターなんてのは性格が悪くないと出来ません(開き直り)。なので、僕が声の大きな役で登場するのは仕方ないのです。えっへん。(なんだかなぁ)。

公演は22日~25日

「小さな声のおともだち」公演は、22日~25日、ORSにて。前売り絶賛発売中なので、良かったらいらして下さい。
■リンク
劇団ビタミン大使「ABC」
小さな声のおともだち
小さな声のおともだち衣装合わせ
小さな声のお友達照明作り

↑平井夏貴あいさつ映像

↑彩咲かんな挨拶映像

↑山梨谷梨あいさつ映像

↑森下和あいさつ映像

投稿者:

Miyacolor

まぁ、なんとなく楽しく生きていますよ。それで十分でありながら、それでいいのか?って自問自答する日々ですかね。