俯瞰で見たくないね~

夏風邪なんとかクリアした様子です。

お騒がせしました

ガッツリ夏風邪ひいてしまい、結構難儀な日々を送っていた私ですが、なんとか治りました。やっぱ抗生物質飲まないと駄目ですね。
先週の土曜日の放送で、声が急にカサカサになりやしないか、ヒヤヒヤものだったけど、なんとかなった。良かった良かった。
先週の木曜日に半分の仕事を飛ばして(スイマセン)、金曜日の仕事を全部休ませてもらい(スイマセン)、土曜日の生放送でなんとか復活してみた。
なんとかなってよかったです。ふー。

半袖で寝るのがいいのか?

寝間着を着る場合、半袖か?
エアコンは、つけるのか? つけないのか?
布団は、肌掛けか? 毛布か? タオルケットか? かけないのか?
色々難しい、この時期の夜。

治ったのはいいけれど、いよいよ梅雨に突入のようです。
同じ雨が降ってても「梅雨入りしました」と言われなければ、まだなんとか我慢出来るものが、
梅雨入りした、と聞いた後の「雨」はなんとも許しがたいよね。

解ってるけど、さも当然の権利のように降ってんじゃねーよ。
というね。

それを言うなら、梅雨明け宣言の後の「雨」よりはまだましかな。

年を取ると俯瞰の目線を

知人のテレビディレクターでも、現場にいたいからという理由で、キー局を退職して、制作会社の社長になる人がいる。何人もいて。へー。と思う。
逆に、そうしないで、そのまま放送局の管理職になっていくひとがいる。ならないまでも、それなりに偉い立場になりつつとはいえ、「非現場」に行く人もいる。その人の方が多いかな。
会社員だから仕方ないわけで。

要は、同じ放送局の中で、

サッカー選手が、選手として頑張る時期
引退して、サポート側に回るフェイズ
監督になって管理したり、オーナーになって統括したり、色々。
そして、退く。

みたいな流れがある。みたいなね。

コンテンツを作るのは、若い力の方がいい。というのはよく理由がわからなかった。
特に、自分が30を過ぎた辺りから、(これはラジオパーソナリティをしている時だけど)どうして若いディレクターばかりをあてがわれるんだろう?
と思っていた覚えが。ちゃんと経験値の高いスタッフがいてもいいじゃないかと。

でも、そうだよね。考えて見たら、
工場でベルトコンベアに沿って仕事する作業員みたいなものだから。
社員で成長すれば、それを管理する側にならねばね。

そして。それは会社である限りは仕方ないかなあ、と思っていたのだけれど、

最近思うのは、
そうなるのが「当たり前」というか、そうならなきゃ、というぐらいの気持ちになってきた。
自然と、自分の中にも俯瞰で観る目がどんどん広がっていった時期があってね。
どうして、この番組はこの時間帯にやっているんだろう?
この番組の存在意義は、おそらくこの編成の中だとこういう位置づけなのだろうから、
もっとこうしていかねばならないのではないだろうか?とかね。
周りを見渡して、じゃあ、こういう事をしよう、とかね。

とまぁ、ラジオを考えている時はそれでいいのだけれど、

そうでないものまで考えるとなると

他の業務を色々と総括して俯瞰で見下ろすと、
ラジオ以外の仕事も沢山あって、ネットコンテンツとかITとかwebサイトとか、ポッドキャストとか、劇団とか、自分が個人で受けた仕事とかね。

それらを全部見渡してみると、分散投資出来てない事が猛烈に気になるのよね。
出演者ってのは、(舞台だろうが何だろうが)一つのコンテンツだし絵の具の一色。でも、作る側は色々な作品を作れるしそれはアイデアがある限りは無限。これは誇らしい。

仕入れる必要がない。(特に今はネットで何でも調べられる)

だけど、もっと俯瞰になると、

「え、うちの会社で、どうしてこの業務やってるんだ?」

とか、思わなくていい事までバンバン思ってきてしまう(というか本来社長はそうあるべき)。
げげげ。

今更ながら、改めて落ち着いて考えて見るととても悲しい現実が横たわっている。

そして、その中から、俯瞰で見渡して、これはやめるべきではないか、とかこれに注力すべきではないか?
とか、いくつかの事を考えると、
「どーして●●●なんてものをやっているのだ、うちの会社は?」
となってしまう。ここまで媒体価値が下がった●●●なんてものをどうして、こうも量産して、出演して出演させて作っているのだ?と。

例えば、芝居一つとっても、内容によって、
「よし、今回はこういう物語だから、こういう所に営業かけよう」
なんてことがあるし出来る。
でも、●●●だと、そうそうイメージが変わるものじゃないから、売りに行くという作業がどえれー大変。
勿論●●●局には営業部があるから、そこに任せて我々は作る事に専念してもいいんだけど、そうもいかないから
(スポンサー連れてくる出演者も増えてきたからね)
なんかやらなきゃ、みたいな感じになってきてる。

ははぁ、こりゃ、確かに、そういった大人の事情を理解していない若者が作った方がいいもの(純粋なもの)が作れていいよね、という点で合点がいく。
大人になったら、つまり俯瞰でみて大人の事情を理解してしまったら、現場から非現場に行くべきなんだな。

何人かの知り合いの、作りたいから局をやめた人たちの作った制作会社は本当に楽しそうに、
作りたいものだけを作っているし、演劇もやってたりする。CMもネットコンテンツも。YouTube動画も。商売としては苦労してるだろうけど、
純粋にものつくりが楽しめていていいなぁと思う。

と同時に、ホントに純粋に楽しめてるのかなぁ?
と不思議に感じる部分もある。

やっぱ、組織を離れて小さいとはいえ組織の長となったら、大人の事情を少しは理解しなければならないワケだし、そうでなければ、やっていけないし。
その大人の事情をわかった上で、純粋にものつくりを楽しめているのかなぁと、ふと、あの人たちの事が気になったよ。
そういう事を理解すると俯瞰で観る目が出来ちゃって、あんま人生は面白くないのかもしれないね。
じゃあ、裸の王様でいていいのかというと、それもまた恥ずかしいなぁと思うし、でも、なるたけそのままでいた方がいいような気もするし。
むつかしいね。

投稿者:

Miyacolor

まぁ、なんとなく楽しく生きていますよ。それで十分でありながら、それでいいのか?って自問自答する日々ですかね。

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