いやあ、ほんならやめといた方がいいかなぁと思う次第です。

知人の急逝に向き合った時にね。

 20年以上も続いたラジオ番組に共に携わっていたラジオディレクターが大腸がんになった時に、年を越せるかどうかも判らないという12月のクリスマスぐらいに、そのディレクターに「あなたがいない中、番組は回していますが、あなたは客観的にこれまで自分が作ってきた番組をどう感じていますか? 病床で治すのが第一だけれど、仕事があれほど好きだったあなたなら、番組の事を考えていた方が落ち着くのではないでしょうか?」とまぁもっとざっくばらんな口調で提案して、そして、こう付け加えてみたのね。
「んとね、正月明けに僕はまた見舞に来るから。その時までに、番組の現況を見て、何をどう改善すべきかをいくつか出して欲しいです。それ、あなたへの宿題だからね!ちゃんと考えておいてね!」

だけど、その知人は正月明けてすぐに他界してしまい、僕は彼から僕が勝手によかれと思って出した宿題の返事を聞く事が出来ず仕舞いでした。

 今でも覚えているのは、年末年始と僕は家族でサイパン旅行に行っていた。帰国して携帯の電源を入れると、知人のディレクターから何度も留守番電話が入っていて。このディレクターは今「ナイツのチャキチャキ大放送」をやってる奴なんですけどね。僕がTBSラジオを紹介した奴ですね、考えて見たら。この男が自宅が近かったので、よく故人と共にやっている番組の収録が終わった後に一緒に車で帰った覚えがあります。僕は作家としても出演者としても携わっていた番組だったけど、このチャキチャキ現ディレクターは当時若造のADなので故人は「お前、ADの癖に宮川さんに送ってもらってんじゃねーよ」と叱られてましたっけね。
 僕は、この大事な知人のいまわの際に携帯の電源を切っていたのには理由があって、前に同じ番組のスタッフからスペイン旅行している時にガンガン電話がなって。スペインのFCバルセロナが好きなので一度だけスペイン旅行に行ったことがある。バルセロナ行って、マラガに寄って、マドリーいって、グラナダ行って、みたいに周遊した記憶。途中ボバディージャという寂れた駅で長く待ったわけのわからない時間も今やいい想い出。マラガでピカソの生家を見学出来るというので入って感動していた。家の前には有名な鳩公園がある。ピカソの妹の名前は「鳩」を意味するらしい。この公園の鳩から付けられたそうな。その鳩と同じ鳩ではないだろうが、生家の前に公園はあり、鳩は多くいた。それだけでピカソの家に来た!という感動に打ち震えていたが、そのピカソの生家の中に入って展示物を見入っていると携帯電話がなって、それがこの故人と共にしていた番組だった。旅行行くから会議休むよと伝えてあるにも関わらず、どうでもよさそうな事でガンガン電話かかってきて。で、ピカソの生家はすげー小さい家なので、狭いし見学者も三人ぐらいしかいない。こっそり電話に出る僕。「もしもし」「あ、宮川さん、今、どこですか?」「え、ピカソんち」「え?」
 もうなんだか判らないやりとり。

それが理由で、

投稿者:

Miyacolor

まぁ、なんとなく楽しく生きていますよ。それで十分でありながら、それでいいのか?って自問自答する日々ですかね。