dropboxの中にあった物(タイムカプセル風)

クラウド

クラウドサービスをどうするかというのは色々な問題で。グーグルドライブを仕事で使っているのでそれでいいじゃないかと思いつつ、それより数年前に始まっていたジャストシステムのi-diskもまだ生きている(文書ファイルぐらいならこれで十分)。そして無料で使えるならば、ということで、かつて有名だったもの、ドロップボックスやEvernoteも使っている。で、ここにきて、複数のアプリから「一年まるで使ってないけど、解約しちゃっていいかな?」という脅しのようで半泣きの「使ってよっ」メッセージがメールで届き。ほほお。そうか。ちなみにどんなものを(かつて)入れていたのだろうか? 覚えていないからなんだかなぁ。

アンドロイド

開けてみるとなんてことはない、アンドロイド携帯を使っていた頃の画像が自動でアップされていて、それがぱんぱんに腫れ上がって圧迫していた。だが、懐かしいものもいくつかあり、それをここで紹介してみよう。といっても、一種類だけ。そうです、パカパカ行進曲の一回だけ行われた「公開放送」の時に来てくれた方とおいらが撮影した写真。「載せていい?載せていいよね?」確認しまくったものの、どこにも載せていなかったような気がするので、ここに書庫代わりに。


これら、確か「写真撮って良いですか?」って言われた時に、その人のスマホで撮影している時に、同時に自分の携帯で(おそらく当時アンドロイド)撮影したものだと思われ。なので、全てといっていいほど、目線がずれているのはそのせいです。高円寺だったっけな。生まれた町でああいったことをやるのはなんだかこしょばゆかったです。寒いけど、風邪ひかないように気をつけようねーん。

Lisa Hannigan

結局体が資本なので

健康には気をつけないとなりませんね。先ほどたった30分程度自転車漕ぎしただけで、体に良いことをしたような錯覚に陥り、はたまた無駄に疲れただけで「その分仕事すりゃあ良かったじゃねぇかよ」と思うような雰囲気もあり。これ、どっちがいいのか判らない。むぐぐ。

だが、それは己が

決める事でね。仕事の充実を考えるのか、まずは健康第一と考えるのか。仕事の充実といえば、どこで折り合いをつけるかはいつも悩みどころ。時間に負ける場合もあれば、疲労にやられる場合もあって。それ「自分の名前を出してやってて」恥ずかしくないのかい?という自問自答に「だいじょびよ」と答えられるならばそれでいいとは思いますけれど。ねー。

合理的に

合理的に物事を運ぼうとしているので、これまでもそうしてきたので、こうして両手でキーボードを叩く事はそれまでペンで片手だけで書いていたのに比べて、時間短縮になってます。本ももっともっと早く読みたいと思う。けど、味わえないのもちがうしね。じゃあマウスで掴んで頭の中にぽいと放り込めるのがいいのかというと、それはそれで読書とは言わないと思うしね。本もテンポがあるものが多いし、十分に時間芸術と思えるんだけど。ともあれ読みたい本が難解であればあるほど、もっと人生が長ければと思うが、まぁ惚けてからの時間が長くなりそうだからこのままでもいーや。わかんないけど。村田勝ったからいいや、なんでも。ねー。

昨夜の記憶

やっべー。

記憶が飛んだ。といっても、深酒をしたわけではありません。(口説いていた女を)深追いしたわけでもありません。黒い話に深入りした話ではありませんし、胃の調子を考えず珈琲を深煎りしたわけでもないです。

急になので慌てたかと思いきや。

昨夜の生放送中に、どんどんと判る筈の事が判らなくなっていくという恐ろしい(けど一度経験のある)状況に陥りましてん。まぁ、それすら楽しんじゃえとばかりにアタフタしないでそれなりに放送を楽しめているのが俺も豪胆になってきたなぁとかつてのヘタレの自分を思うと感慨深く。

一度だけ経験した

過去に一度だけ経験があるんです。「ヒネミ」という芝居の公演直前にあまりにも疲れていて、なんだか頭がボーッとしていたら、家で台詞をさらっていたが、台詞が次々出てこなくなってしまった。あれ、あれ。あれ。あれ。と。これは怖いですよ。いやいやホント。まぁ舞台役者にありがちな「公演が近づくと台詞が出てこなかった夢を見る」というのはホントによくある話。先日終えたアトリエ公演でも僕は出演していないのに、舞台で口をぱくぱくさせて酸欠金魚みたいになってる夢を見た。いわんやプロパー役者おや。だが、これは現実にあったことなので本当に焦った。やればやるほど、出てこなくなって、ヤバイヤバイ。忘れちゃってる。どんどん抜けてってる!と泣きそうになったが、騒いでいたら女房が「うるさいから寝ろ」と言いだし(これが正解)寝て起きたら全て思い出していた。
 ちなみにこれは、ヒネミの商人の再演の時に中村有志さんに会ったら、「いやあ、俺もあったよ、まるで台詞が出てこないどころか、楽屋で共演者の顔が、そう、宮川君の顔さえ見てても『誰だコイツ』ってなっちゃったんだよねぇ」と。うぎゃあああっ! それにより、数年前の「ヒネミの商人」のアフタートークで僕と有志さんはこれを(勝手に)「ヒネミ病」と名付けて宮沢さんのせいにしていました(なんだそりゃ)。
 ああ、こうやって書いていても、その時の感覚を思い出して気持ち悪くなってきた。ぶるぶる。
 だって、その作品で戯曲賞を受賞してその再演だから緊張もするしさ。しかも、僕の演じる「ろくちゃん」ってのは、初演で登場してなかったしさ。だからこそ、ちゃんとやってやるー!なんて思って完璧を目指していたらある日突然、ポンっ!と台詞が抜け出ていった。本番公演中にそうなった有志さんよりはまだまだ五億倍もましだけど(そうやって考えると有志さんホント凄い)、寝て治った時の感覚はホントに九死に一生を得た感覚だった。

今回は何故だろう?

僕にも判らない。まぁ、久しぶりの自分の劇団の公演であり、久しぶりの理由が色々あって、去年は色々な(特にスケジュールの)点で紆余曲折あったジャニーズミュージカルの公演で演劇に携わると言うことに対して疲弊している自分がいて。それは偶然、猛烈にやる気の出るラジオ番組(宮川賢のデートの時間でそ?!)が立ち上がったばかりであり、その相対的比較によるものでもあるけれど、その前年度までの、所謂、

  • 演劇は何しろやってて楽しいもの=だから辛い仕事をこなす為にも続ける必要があると思える程=おかげで他の仕事のストレスを雲散霧消させてくれていた素敵なもの=それが演劇
  • ラジオは大好きだけど自分の思い通りにはいかない=偽名ならいいが自分の名前を出しているとそこに責任を持ちたい=だがスタッフも選べず内容も最終的には合議もしくはP判断で決まる=好きな仕事だからこそ感じる巨大なストレス

という感覚だった。それが正反対になった記念すべき(って決して好まれる話ではないが)年度、それが2016年度だったのであります。そこからのリハビリを兼ねてる公演だったのが「トラックと海」だったので、自分がテンパらないように公演をつつがなく無事終える事、自分が芝居を打つってことは楽しいと思える感覚を取り戻す事、なんていう非常に低次元の事が目的だったので、そしてなのに首尾良く行かない事が立て続いてストレスが溜まっていたのか。今回のような事になってしまった。いや、分析があってるか判らないけど。ただの年齢によるものかもしれない。

何しろ治ったのでよしとする

何しろ治ったのでまーいーや。ということにします。ただ、ホントに怖かったなぁ。自分の年齢も判らなくなってたし、帰り道も判らなくなってた。銭湯に寄って帰ろう(とこんな時でも呑気)と思っても道が判らない。極楽湯に行こうとしても何度も同じような所をグルグル車で走ってる。そもそも、生放送中に404SXのボタン押し間違えてたしね。そんなことするようなタイプじゃないのに。しかも「ラブリー大喜利」ってコーナーでおすべきボタンが何番か忘れてしまっていた。これが一番ビックリした。台本に書いてあるからそれをいちいち見て押していた。ああ怖かった。で、押しながら「このボタンだったような記憶がないなぁ」なんて思っていたし。リスナー女子から彼が結婚を考えていたのを知らずに別れてしまって少し後悔、みたいなメールを貰っていたが、それに対して、本来ポジティブシンキングな僕としては「彼が本当に結婚を考えていたとしたら、後からそんなこと伝えないと思うから、結局別れた後もよく思われたいとかそういうだけだと思うよ」と「別れて正解!」に帰着するような助言をするんだけど、なんだかヌルッとしたつまり自分らしからぬ(恥ずかしくて同録聞き返すのが怖い)事を口走っていたような気がするし。

知恵熱?

もしかしたら、公演期間中って、音響と照明をやっているので(同じ404を押している)、それでこんがらがったのかなぁと、放送直後は思ってたんだけど、帰り道がわからなくなるといよいよどーなんだって事なので、単純に疲れによるものだと思うが、その理由が、「公演期間中はオペレーションをしているだけなので頭を使っていなかった」事により、急に可動させた事でバーストしたみたいなものなのかにゃ?なんてことを思ったりもしつつ、今日はその「例の現象」を怖がらずに鬼のように仕事をする予定です。こえーから一度記録に残しておこうと書いた次第。同情されたいワケじゃないよ!てへぺろっ!

宮川です

絶賛稽古中!「トラックと海」きてねっ!

podcast

「宮川賢のまつぼっくり王国」ポッドキャスト明日から連日配信します!てか、かなりだし損じていたものが溜まっていました。とほほ。すまそ。

ノリノリ映像なんだけどお

No Run! Night-Rider!!

映像作ったのを遅まきながら公開です。心底自己嫌悪だったので、トークライブとオールナイトニッポンモバイルでみんなに笑って貰えて救われたっすねぇ~っ!
KAWAIだっ!

スピードの出し過ぎには気をつけようね!

いやあ、ほんならやめといた方がいいかなぁと思う次第です。

100歳まで生きてみる? という提案をしていいものかどうかを悩む時期となりつつあります。マル

年齢を考えるとね。

 宮川賢です。年齢を考えると自分が五十過ぎているワケですから、親の年齢は僕が年を取ると同じだけ年を取りますよ。当たり前。
 そんな僕の父親は今年米寿で。そのお祝いをどういう形でしようかなんて兄弟で家族で話している所です。いやあ、凄いなぁと思います。食道がんになって、食道全摘手術をして五年生存したときに「やったーっ!」って思いましたし(がんは五年生存率で計るので、ここまでに転移や再発がなければ根治と判断してもよさげな気運)、それから更に大したこともなく元気でご飯をムシャムシャ食べている様子を見ると嬉しいと強く思う日々。

だけんどもね。

 とはいえ、色々思う事はありますよん。掃除しなくなったなぁ、とか。あー、こういう事は忘れてしまっているのね?とか。でもそれはボケたなんて単純な言葉で片付けるのは嫌いで、ただ「忘れた」ってだけだと思うのね。なんだろね、ボケ老人って言葉の蔓延によって「老人=ぼける」と決めつけてかかっている。ぼけてないのに、耳が遠いだけで意思疎通が出来ない老人と判じられてしまった事もつい先日病院で体験したし。

遅刻しちった、悲しああ

本日は収録でしたが、時間間違えた!
本当にすいませんでした。とほほ。

タイムシフト

これは良いのかな?

ラジコのタイムシフトが始まり、僕のiPhoneも無事できるようになりました。最初はおおおっと感動しておりましたが、これ、諸刃の剣だな、に改めて気づく。

生放送聞かなくなっちゃうとねぇ。でも、生で聞かなくても後で聞けるからいいやとなって、後で聞く人と後で忘れて聞かない人がいて、結局プラスマイナスゼロなのか?とも思うし。

特に録音番組は「生」じゃないのだから、あとでタイムシフトで聞いたっていいじゃないか。地方局の録音番組は東京支社に納品する日が決まってて、そこから本社に届いてそこから検聴してオンエアだから、かなり時間差があるわけです。仕方ないといえば仕方ないが。なのでそういう番組はそれから更に数日遅れたといえ鮮度は変わらないのではないかにゃ。

ポッドキャストはどうなのかな。

もう、

  • タイムシフト(一週間聞ける)
  • ポッドキャスト(いつでも聞ける)
  • ラジオ(その時しか聞こえない)

こうやって考えると、ラジオが一番不便だな。

恥ずかしい。

なんかさ、猛烈に恥ずかしいね。感覚で言うとさ、

  • ブログやネットへの書き込み(記録に残るしヘタな事書くと社会的に即死する恐怖が隣り合わせ)
  • 友達と電話で喋る(何を言おうが友達が売らない限り大丈夫)
  • ラジオ(放送が終わればそのまま消えてなくなるのでネットより脇が甘くてよさげ)

というイメージなんだけど、駄目だね。ネットと同じだよね。ラジオの生放送よりポッドキャストやオールナイトニッポンモバイルの方が「喋る事を気をつけていた」これまでから大きく変わって、ラジオだろうが何だろうが、気をつけなきゃいけなくなった感じがするね。勿論、ラジオも怖いんだけどね、もともと。

リスナーは「聞き間違う権利」もあるし、「聞き間違った上でクレームつける」権利もあるし、それに放送局は対応しなければならない。大変なお仕事だす。なんだけれども、なんとなく、必ず記録に残る(というか残す)ネットの書き込みと違い、ラジオは流れて終わる。うーん。それがこうして、いつでも聞ける!となると恥ずかしいし、他の人のを聞くのも恥ずかしいし申し訳ない気持ちもある。ズルしてる気がして申し訳ない。

例えば録音番組だとしても、その時間に放送されることを念頭において作っているだろうから、それ以外の時間で聞く事は、本来のその番組の楽しみ方から大きく外れているような気がするのね。

CDのアルバムを買って、それがコンセプトアルバムみたいなものでなかったとしても、最初から最後までを通して聞かないと作者に悪い気がするもの。同じで、ラジオはその時間に聞かないと申し訳ないような気がして。沖縄料理って沖縄で食べるのが一番美味しいもんね。

なんかさ、最初、タイムシフトで「わーい、聞き放題だぜーっ!」って浮かれていたけど、ふと我に返って(自慰終わりの受験生みたいな感じ)虚しくなって、なんていけないことをしてるんだ、俺は……と自己嫌悪なミッドナイトね。

それ、生放送でやる必要ある?
それ、その枠でしか出来ない事か?
それ、あなたの番組でやるべきこと?
その人、あなたの番組にお招きするのが一番面白いゲスト?
そのコーナー、あなたがやるから面白いコーナー?
スタッフが適当にその時思いついたコーナーをその時場当たり的に当ててやってみてなーんとなく形になったことで満足して疑わずに時間を浪費する。そんな事にはならなければいいなぁと思ってたけど、タイムシフトはいよいよますます「どーせ今聞いてる人なんか少ないんだからさ」みたいな作りになってったらよくないっすね。

ラジオって無理矢理延命させられてる植物人間のようなものなのですか?
と日記に書く人がいそうなミッドナイトね。